夜の余白YORU NO YOHAKU
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長めの短編 66 / 夜の出会い / 約11分

夜明けまでの延長券

一人で遊べる二人が、一緒に帰る。

*

三十二歳の芽衣は、深夜のボードゲーム会で、四十歳の常連、秋山と組んだ。

会場は駅から歩いて十分ほどの、小さな店だった。普段は夜十時までだが、月に一度、始発まで遊ぶ会が開かれる。参加者は十人ほどで、芽衣は三回目だった。

芽衣はゲームが好きだった。仕事では何かを決めるたび、関係する人の都合や前例を考える。ここでは箱を開け、ルールを読めば、何を目指せばいいかがはっきりしていた。負けても、箱へ片づけたら次のゲームを始められる。

秋山は最初の会で隣の席だった。説明を聞く間はまじめな顔をし、始まると、予想外のところで笑った。芽衣が一つの作戦にこだわっていると、別の道もあると小さく教えてくれた。

今夜は勝つためなら、どんどん嘘をつけるゲームだった。二人ずつの組になり、持っている札や狙っている場所を、ほかの組へ本当のように話す。秋山は妙に顔に出る。芽衣が庇うたび、二人まとめて負けた。

最初の一戦で、秋山は何も持っていないと言いながら、自分の札へ目を落とした。それを見た相手が笑い、芽衣も笑ってしまった。相手を疑わせるためにわざと見たのだと言い張ろうとしたが、秋山の耳が赤くなった。

二戦目は、芽衣が説明役を引き受けた。秋山には何も話さずにいてもらうつもりだった。しかし、隣で彼が息を止めるのを見て、芽衣まで自分の話に自信がなくなった。

負けるたび、秋山は悪かったと笑った。芽衣は、本気で謝ることではないと答えた。彼が勝ち負けより、二人の失敗を面白がっているのが分かったからだった。

休憩の時間、店主が温かい飲み物を出した。芽衣はミルクを入れ、秋山は何も足さずに飲んだ。向かいの卓では別のゲームが始まり、駒の動く音が規則正しく聞こえた。

「普段は、嘘が必要な仕事じゃないんですか」

芽衣が尋ねると、秋山は施設の備品を管理していると答えた。数が足りないのに、あると言っても困るだけなので、と付け加えた。

芽衣は笑った。自分も仕事で嘘をつくわけではないが、言い方を工夫して本題へ行くことは多い。ゲームの中なら、嘘だと分かったあとで笑える。その気楽さが好きだった。

芽衣は職場の研修を運営する仕事をしていた。会議室の手配や配布物の準備、受講者の連絡。何かが予定から外れたとき、表へ出さずに調整することが多かった。

誰かが無事に研修を終えたと喜ぶと、芽衣もうれしかった。それでも、一日中人の予定を整えたあとで、自分の休日まで誰かと合わせるのは疲れる。ゲーム会なら参加したい日だけ申し込み、一人で来られた。

秋山も、一人で来ることが多いという。長く参加しているので顔見知りはいるが、いつも同じ人と組むわけではない。それぞれ別の場所で暮らす人が、同じ箱の周りへ座る感じが気に入っていた。

「一人で遊べるから来てるのに、組むと面白いですね」

芽衣が言うと、秋山はうなずいた。

「自分一人だと、同じ負け方ばかりするので」

「今日は私も、それに入ってますけど」

「違う負け方はできました」

芽衣は飲み物を吹きそうになった。秋山は慌てて紙ナプキンを取った。笑わせようと用意した言葉ではないところが、芽衣には可笑しかった。

休憩が終わると、二人はまた同じ卓へ戻った。芽衣は勝ちたいと思った。けれど、勝たなくても今夜ここへ来てよかったという気持ちも、すでにあった。

夜が深くなるにつれ、参加者は少しずつ入れ替わった。終電で帰る人を見送り、残る人が空いた席へ移る。店主が、疲れたら奥で休んでいいと声をかけた。

芽衣は眠くなると笑いすぎる。秋山は逆に、少し静かになった。次の説明を聞いている横顔を見て、無理をしているのではないかと尋ねた。

彼は今は大丈夫と答え、次の一戦のあとで休むと言った。芽衣はうなずき、自分も水を飲んだ。相手が休むかどうかを、自分が全部決めなくてもよかった。

最後のゲームは個人戦だった。同じ卓に五人が座り、隠した札を読み合った。芽衣は秋山が持っているものを、今度こそ分かると思った。彼が黙っている時間を見て、何もできない札なのだろうと決めた。

ところが、最後の一戦で秋山が珍しく勝った。芽衣は見抜けなかった。彼は得意そうに笑い、伏せていたカードを見せた。

芽衣は、自分の手札を見てから彼を見た。こんな顔もする人なのだと思った。ずっと嘘が下手な人と決めていたが、今夜一つ分からないところが増えた。それが、思いがけずうれしかった。

始発まで、まだ四十分あった。ほかの参加者は仮眠を始めた。店内の照明が一つ消え、窓の外はまだ暗い。

芽衣と秋山は、使った駒を箱へ戻した。小さな袋へ色ごとに分け、説明書を畳む。秋山が箱の向きを間違え、蓋が閉まらなかった。芽衣が中の台紙を回すと、今度はぴたりと収まった。

「嘘、下手なふりでした?」

芽衣が聞いた。

「さっきの一回だけ、うまくいった」

秋山は答えた。嘘のあとで、急に正直になったような顔だった。芽衣は笑い、自分が勝手に分かったつもりになっていたと伝えた。

「いつも顔に出るから」

「出さないようにすると、今度は何も考えられなくなるんです」

彼は箱を棚へ戻し、少し照れた。芽衣は、その不器用さを今夜の勝ち方と一緒に覚えておこうと思った。片方だけを、この人らしさにしなくてもいい。

片づけが終わり、二人は店の窓際へ座った。店主が先に出ても大丈夫だと言ったので、駅へ向かうことにした。外は思ったより冷たく、芽衣は上着の前を閉じた。

始発の前の町は、いつもの帰り道と違っていた。コンビニの入口だけ明るく、通りの向こうでパン屋が荷物を受け取っていた。夜通し遊んだ自分たちと、仕事を始める人が、同じ道をすれ違った。

秋山は車道側を歩き、芽衣は店の窓を見た。二人の間には、箱も駒もなかった。ゲームの説明をしなくていい時間に、何を話そうか少し迷った。

「次の会、来ますか」

芽衣が尋ねた。

秋山は足を緩めた。仕事の予定がまだ分からないと言い、それから少し黙った。

「会じゃなくて、誘ってもいいですか」

芽衣は何のゲームかと聞いた。次の店を知っているのだろうかと思った。

「夕飯です」

彼は、嘘の下手な顔で言った。

芽衣は笑って、参加すると答えた。ゲームの用語に隠れた返事だと気づき、もう一度言い直した。

「行きたいです。秋山さんと」

彼の顔が少し明るくなった。芽衣は、その変化を駒の動きよりゆっくり見た。

駅へ着くまでに、二人は連絡先を交換した。芽衣は秋山の名字を入れたあとで、名前も教えてもらった。画面を確かめながら、今までずっと名字だけで話せていたことに気づいた。

夕飯の日を決めようとしたが、眠くて予定表の見方が怪しかった。秋山が、自宅で眠ってからにしようと言った。芽衣も賛成した。今すぐ約束を完成させなければ、誘いが消えるわけではない。

始発には、別々の車両から乗った。芽衣は乗り換えの階段に近い場所へ、秋山は降りる駅の出口に近い場所へ歩いた。改札の中でも、最後まで一緒にいなければならない感じはなかった。

発車の前に、秋山から短いメッセージが届いた。

『今夜はありがとうございました。起きてから、店を考えます』

芽衣は、ゆっくり寝てくださいと返した。自分のまぶたも重かった。窓に映る顔は疲れていたが、少し笑っていた。

帰り道を全部一緒にしなくても、次の約束があれば、今日の延長は足りた。

昼過ぎに目を覚ますと、携帯に二つの店の案内が届いていた。どちらもゲーム会の近くではなかった。芽衣は、初めて彼と会場の外で会うことを、ようやく具体的に想像した。

一方の店は閉まる時刻が早く、芽衣の仕事のあとでは慌ただしかった。そう伝えると、秋山はもう一方へしようと答えた。都合が違うことを説明しても、誘われたことを断る意味にはならなかった。

水曜、芽衣は翌月の研修の準備で帰りが遅くなった。金曜までに仕事が片づかなかったらどうしようと思い、夕飯の約束の時刻を何度も見た。先に遅めの時間へ変えておこうかとも考えたが、秋山の都合をまだ聞いていなかった。

事情を短く送ると、彼は三十分遅くても大丈夫と返した。自分もその日は帰りに寄りたい店があるという。芽衣が心配している間にも、彼には彼の予定があった。相手の時間を全部自分の責任にしなくていいと分かり、少し楽になった。

彼が寄りたいのは古い道具を扱う店だった。仕事の備品ではなく、自分の家で使う小さな棚を見たいらしい。芽衣は初めて、ゲームの卓へ座る前にも、そのあとにも続いている彼の暮らしを思い浮かべた。

会で知っている顔だけではない。夕飯では、そういう用事の話も聞いてみたい。芽衣は返事を送り、残った資料を片づけた。金曜の夜を待つ気持ちが、今夜の仕事を急がせるだけではなく、終えたあとを楽しみにする気持ちになった。

約束の金曜、芽衣は駅で少し緊張した。秋山も早く着いていたらしく、何度も店の場所を確かめていた。二人は挨拶をし、今日は眠くないですねと言い合って笑った。

夕飯では、話が止まる時間もあった。ルールがないので、どこから話を始めるか迷った。それでも、秋山が買いそびれたパンの話をし、芽衣が同じ店を知っていると答えると、会話は少しずつ続いた。

彼はゲームのときほどすぐには笑わなかったが、芽衣の話を聞きながら、食事の手を止めることがあった。聞きたいと思ってくれているのが分かり、芽衣も仕事の失敗を少し話した。

食後、次のゲーム会の話になった。二人とも参加できそうだったが、同じ組になる約束はしなかった。ほかの人と遊ぶ時間も、ここまで好きだったものの一部だった。

店を出ると、まだ終電まで十分に時間があった。秋山が少し歩くかと聞いた。芽衣はうなずき、二人は駅と反対の道へ曲がった。

今夜は延長券も、始発の時刻も気にしなくてよかった。芽衣は隣の彼に、今度こそ嘘を見抜くつもりだと伝えた。秋山は、あの一回は本当にまぐれだったと答えた。

その顔を見て、芽衣はまた笑った。勝つために考える時間とは違う、一緒にいたい理由を、これから少しずつ知っていけそうだった。

了Thank you for reading.

もう少し、夜のつづきを。

封をしなかった便箋 →
ABOUT THIS LIBRARY

恋の、その先の余白。

「夜の余白」は、成人同士の恋愛と日々の心の動きを描く、オリジナル短編の書庫です。再会、秘密、別れ、そして新しい一歩。眠る前のひとときに、ひとつの物語を。

全130篇を無料でお読みいただけます。約10分で楽しめる短編を中心に、さまざまな恋の物語を集めました。作品はAIを用いて制作しています。露骨な性描写は含みません。

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運営名:夜の余白
初版:2026年10月21日
更新:2026年10月23日
収録:恋愛短編130篇(うち読了目安10分以上100篇)